-What it wanted to obtain





とある山のふもと、小さな忍の郷に小太郎という少年がいました。
双子の弟の佐助は覚えがよく、子供たちの中でも抜きん出ておりましたが、
一方小太郎はというと、腕も技もからっきし、得意なものは横笛だけという有様でした。
佐助はそれでもいいと言ってくれましたが、小太郎はいつも自分をかばってくれる佐助に
申し訳ないと、ずっと思っていました。


ある満月の夜。
いつものように修行で疲れた体を引きずり、小太郎は笛一本を手に山に登りました。
空を見上げて笛を吹き始めると、突然月を黒い人影が過ぎりました。
まるで天狗のように目の前に降り立ったその男は『風魔』と名乗り、小太郎の笛を
褒めました。


「いい音色だ」
「俺の取柄はこれだけだから。忍術も体術も、……迷惑をかけてばかりだ」


小太郎の表情に何かを読み取って、男はしばし思案するように顎に手を当てていましたが、
やがておもむろに口を開きました。


「お前、俺と来てみないか。俺と来れば、風魔の術を教えてやろう。
 力を、くれてやる」


小太郎は考えました。
この男と一緒に行けば、力が手に入る。
守られてばかりだった、大切な人達を守る、力が。
小太郎は決心しました。


「分かった。……行く」
「そうか。それでは」


突然男はふっと小太郎の目をその手で覆うようにしました。


「全てをここに置いていけ。何もかも――ああでも、笛の才能だけは惜しいから
 残しておこうか」


笑いを含んだ男の声を聞き届ける前に、小太郎はふっと意識を失いました。




山に登ったまま帰らない小太郎を、皆が探しました。
特に佐助は、郷の誰もが諦めたあとも、毎日山に入り、時間が許す限り
小太郎を探し続けました。
しかし着物の切れ端すら見つからないまま数年が経った、ある満月の晩。
床についていた佐助は、微かに流れてきた笛の音にがばりと身を起しました。
間違えるはずがありません、この音は小太郎の笛です。
導かれるように山へ走り、やがて枝の上で笛を奏でる人影を見つけました。
佐助は力の限り、名前を叫びました。


「小太郎!」


ぴたり、と笛の音がやみました。
顔を甲で覆ったその人が、振り返るやいなや得物を振り翳すのを、
佐助は慌てて受け止めました。


「小太郎!なんでだよ、俺だ、佐助だ!」
「……」


彼は答えません。
そう、確かに彼は小太郎でした。
守る為に手に入れた刃を、守りたかった人に向けていることも分からず。


全てと引き換えに、小太郎は『風魔小太郎』になったのです。






 ■改変原案: 中遠昔ばなし『 天狗になった芝村の小太郎』